シュリ日和

まいにちに生きる

豊かさ

 

 

 

連日空が綺麗だ。

今日もごきげん絶好調!

朝から桃を食べたので、桃について語りたい。

 

 

今うちには桃が3個もある。

しかも大きくてつやつやの上等なのが。

これはもうまちがいなく上流階級のそれ。

何年か前は腐りかけ1歩手前のものを八百屋で2100円で購入でき大喜びしていたが、今年はまさかの上流階級デビュー!

 

日本の桃とさくらんぼは、日本という国の良いところを象徴する果物のトップに君臨していると言っても過言ではないだろう。

 

見た目の美しさに始まり、ひと口、口に含んだ瞬間のあのなんとも言えない柔らかくたっぷりと水分を含んだ自然な甘みが口いっぱいにジューシーに広がってゆく感覚。

それと同時に、控えめで品性を感じさせる穏やかでありながらまるで母性のように心を包み込んでくれるかのようなあの香り!他の国の果物には決して醸し出せないであろう極上かつ豊潤な味わい。桃という女神。日本には桃という女神様がいる。

 

そしてさくらんぼもまた。あのつるっつるの赤くみずみずしい艶のある見た目の可愛らしさ。口に入れるとプチュンっと弾ける柔らかい果肉。香りと味わいがアメリカンチェリーとは比べものにならない。桃もさくらんぼもだけど、日本の(果物の)香りって、極上だと思う。繊細で控えめでありながら心に確かな深い余韻をのこすところが。

 

私はいま某お花屋さんがつくったお花のオードトワレを気に入って使っているのだが、そのシリーズはあまりに秀悦で、いくつか揃えたいほど。その中でも、クチナシの香りを店頭で嗅いだ時は恐れ入った。花そのものと言ってもいいほどの完成度の高さだったから。一体どうやってつくってるんだろう?興味津々。好きな花の香りに包まれるのは女に生まれた悦びのひとつだと思う。

 

話は戻るけど、美味しい桃を食べながら頭に浮かんだ男性がいる。その名もびんぼっちゃま。おぼっちゃまくんの主要キャラクターのひとりである。びんぼっちゃまにもこんな美味しい桃、食べさせてあげたいなぁ〜という気持ちが湧き上がる。

なぜなら、あの人、あんな日本一の金持ちの友達がいるのに、そこに甘えることもなく貧乏でも逞しく気高く生き抜いてるから。笑

びんぼっちゃまの生命力を少しは現代人は見習った方がいい。私も見習いたい。あんなに貧乏なのに悲壮感がないって凄いよ。びんぼっちゃまの弟妹たちが羨ましい。しあわせだよ、あんなお兄ちゃんいたら。どんな過酷な状況もものともせず、誰のせいにもせず、生きられないよ、なかなか。

 

尊敬する人が漫画のキャラクターっていいな。明るいわ。

 

最近気づいたことがある。わたしはやっぱり自分の正直な気持ちをひとつひとつ大事にしながら徐々に豊かになってきたんだなってこと。

特にお金については、この10年の間に価値観を完全に刷新したと思う。

 

お金は豊かさのひとつの側面ではあるけど、他に豊かさには、心の充足や、時間や、体験や経験、環境、いい人脈、たぶん今浮かんでないけどまだまだいっぱいある。現代ではお金だけが物を自発的に買えるから豊かさの最もわかりやすい象徴として捉えられているけど、お金を得るために犠牲にするものがあまりに多すぎるため、お金=豊かさでは全くないことに今のわたしは気づいている。

 

人からはとても豊かには見えないかもしれない。ずっと貧しいままに見えてるかもしれない。実際収入はここ数年最低限を保つレベルのまま横這い状態だ。

 

だけど、自分はわかってる。今のわたしは内面はどんどん豊かさに満ちてきている。それは、先に述べたお金以外の豊かさ(やりたい事しか基本やらないことや、やりたくないことをやらないことを含め)を日々自分に与えているからだ。やりたい事をやることにお金が必要な場合もあるけど、基本、本当にやりたい事をやる時に必要なのは、お金じゃなくて勇気とかだ。やりたくないことをやらないことにも必要なのはお金じゃなく、自分の意思を貫く覚悟だ。

 

自分が大事にしたい思想を守りながら、貧乏でも気高く生き抜く。やがてそんな純度だけは無駄に高い自分の元にお金も巡ってきたらいいなぁ〜って理想を胸に抱いてる。わたしだけはわたしを馬鹿にしない。わたしの人生、わたしがわたしを楽しませてやんなきゃ誰が楽しませてくれんのだよ。

 

金(かね)では売らない

金(きん)は自分で生み出す

 

そう、伝説の金貨パイナポンは不思議な豊かさを運んでくるのだ。

全身の神経を研ぎ澄まし、パイナポンが呼ぶ方へと向かって行きたいと思う。

 

 

 

シャンパンソフトクリーム🥂ゴージャス✨️