シュリ日和

まいにちに生きる

手紙




お父さんへ宛て、生まれて初めて手紙を書いた。……とは言っても、お父さんはもうこの世にはいない。つまり、あの世のお父さんへと手紙を書いたのである。


先月、七回忌を迎え、千葉にある父と祖母が眠るお墓に、お墓お参りへ行った。母の段取りの悪さは想定内で、お坊さんにお経を読み上げて貰うことも無く、ただみんなでお線香をあげに行っただけだったが、まあ、七回忌と言ったって、カタチだけの儀式のようなところもあるから、とりあえずみんなでお参りできたということに意味があったんじゃないかと思う。

そこは、祖母が生前建てたお墓で、ちゃんとしたお寺さんが管理してくれている。待合室みたいなところでお茶を飲んでいたら、並べられている様々な冊子のなかに、手紙寺というワードが有り、わたしの目に飛び込んできた。手紙寺へと手紙を送ると、天国のあの人と手紙を通して向き合い語り合うことができるという。(手紙寺でお焚き上げして天国へ届けてくれるらしい)なんと粋なことをしている人(会社?)があるもんだ!と感動した。

わたしは、母たちに気づかれないようにそっと、その手紙キットをバッグへとしまった。おそらく、手紙寺のワードさえ、誰も気づいていなかっただろう。そして、気づいたとして、わたし以外の誰かが父へと手紙を書こうなどという発想を持つことさえ無いと思われた。父や父方の先祖への感謝の念があるのは、わたしだけだと思う。この想いは誰に話しても理解されることはないだろうし、話す必要もないと思う。わたしはただ、自分が先祖代々の末裔であることを理解し、その責務を感じているのだ。期待された命だということをわかっているから。

本当はずっとわからなかった。何故こんなにも苦しまなければならないのか、が。

だけど、わたしはもうわかったのだ。父があの世へともっていってくれたもののおかげで、わたし自身の人生が動き出したことには、深い深い意味があったことを。そのことの感謝を、いまの私が父へと伝えたい。だから、手紙寺がこの世に存在しているのだと思う。


今日は、11月最終日。

水天宮で天之御中主神様へとお礼を伝え、深川不動護摩焚きで不動明王様に浄化してもらい、父へと手紙を書いた。

わたしへと繋がるすべての命への感謝と、これからの人生への抱負を力強く抱いた一日となった。


2021年へのありがとうの想いと共に、12月は柔らかい心で世界と向き合いたい。






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あの空の彼方で笑い合っている