シュリ日和

まいにちに生きる

ことづて

 

彼を知ったのは確か2018年の冬だった。

当時Twitterでたまたま彼の投稿を目にして、惹かれるものがあり、DMを送ったのがはじまりだ。

その人はnoteでエアー喫茶という空想の喫茶店を提唱していた。実際にはない場所。

だけど、''どんな言葉よりも誰かが淹れる一杯が必要な夜に''というコンセプトをもとに、エアー喫茶でマスターが自分のために淹れてくれる一杯を想像して味わう珈琲は、実際に身体が味わう珈琲とはまた別の、心で味わう深い趣があるのだろうな。。

そんなことを想像したら、縮こまった心が解れていくような気がした。

私はこのエアー喫茶という発想に、''どんな言葉よりも誰かが淹れる一杯が必要な夜に''というコンセプトに、その当時とても強く惹かれるものがあった。

そしてその理由は、彼に実際に会って思いがけない話を聞かせてもらうことになり初めて知ることとなる。

 

DMで何度かやりとりしてしばらく時が経った頃、彼がTwitterのアイコン用の写真を撮ってくれる人を募集したため、すぐさま手を挙げた。私の行動は早かったため、採用されることになり、2019年の5月に井の頭公園で待ち合わせして、写真を撮らせてもらうことになった。

 

過去のDMのやりとりを見返したらこんなことが書いてあった。

 

『9.10.13.16.20辺りで都合いい日があればぜひ。行きたい場所とかありますか?私は東京なのでどこでも行けますよ。いくつかおすすめの場所がありますが、○○さんのアイコン写真を撮るので○○さんの好きな場所がいいと思います。』

『お返事ありがとうございます。9日にしましょう!○○さんの希望が特別ないようなら、代々木公園か井の頭公園なんてどうですか?時間は13時半くらいでどうでしょうか?、、と、押し進めてますが、もちろんご要望があれば合わせられます。』

 

この私からの提案に彼は、それなら井の頭公園にしましょう。と返事を返した。

 

私たちは吉祥寺の駅で待ち合わせし、一緒に公園まで並んで歩いた。彼は痩せていて背が高く、ファッションに独自の拘りが見て取れた。見た目は完全に草食系。女性性高めな印象だった。

Twitterで誰かに対して一方的に興味を持って連絡したことなど過去に無かったのだが、どんな人だろう?なんて特に想像もしてなかったけど、なんとなく思った通りの人だった。見た目には別に興味は無かったのだ。その人の思想に興味を持った。あの、コンセプトを抱いたきっかけはどこにあるのだろう?そこを知りたかったのかもしれない。

 

私たちは井の頭公園を散歩しながら色々な話をした。初対面なのに私は自分が興味のあることをペラペラと喋りまくり、彼も話すと意外と無邪気なところがあることがわかり、会話は弾んだ。さり気なく撮影もしながらのんびり散歩を続け、何十枚か撮った写真のなかで彼が選んだ一枚は、大きな木の前に佇む太陽のような笑顔の写真だった。

その写真は実際それから約2年間Twitterのアイコンとして使ってくれて、写真を変えるタイミングには、ちゃんと私のユーザー名を載せて「ありがとうございました。」と、礼を尽くしてくれたことが、彼の人となりを現していて、心が温かくなった。

 

散歩中にした会話のなかに、なぜ今日の撮影場所に井の頭公園を選んだかの答えがあり、私はその話が聞きたくて、なんならそのためだけに(ほかの要素は全部振り)今日こうして会ったんだな、と勝手に悟った。

写真を無事撮り終えたこともあり、その後は心置きなく聞きたかった話を聞かせてもらえることに。 

 

詳細は語らない。

ただ、彼の愛はとても大きくて深かった。

 

間借り喫茶などの経験と時を経て、今年彼は京都で自分のお店を開いた。お店の看板メニューはハヤシライスとプリンだ。写真からもとても丁寧に作られた味が伝わってくるかのよう。最近はモーニングやフレンチトーストも始めたらしい。

 

そんな彼に今日2年ぶりに再会した。銀座の小さな画廊で開催されている女流画家の人の出版記念展の場で、珈琲とプリンを出していることを知ったから。2年前も同じ場所で珈琲とプリンをいただいた。

2年前の彼は、なんとなくかしこまった立ち振る舞いで、自分の頭のなかに描くマスター像を演じているかのようなそんな印象を受けたが、今日の彼は、とても自然体でフラットな雰囲気に感じられた。

『今までにプリン何個作ったの?』という私の問いかけに、『何個?何個って考えたことなかったけど、、笑 。えーと、一週間30個くらいで一ヶ月で大体150個だから、オープンしてからだと500個くらいですかね?』との回答だった。

正直、2年前と比べてプリンがめちゃくちゃ美味しくなっていた。自分のお店をオープンする前からずっと作り続けていたのだから、通算だと何千個かは作っていると思う。

彼曰く、『もうプリンは何も考えなくても作れるんですよ。体が自動的にやってくれる感じです。笑』とのこと。

それを聞いて私は『…ああ、この人のプリンはヒーリングフードなんだな。』そう感じた。無心で作った人だけが出せる味。無心なんだけど、作ってるのはもちろん彼という人で、ヒーリングが瞑想であるのと一緒で、彼という人を通して作り出されるプリンは言わば、ヒーリングと同じ働きをしているのだろう。そんな風に感じられたことも嬉しかったし、それを本人に伝えられたことも良かった。

 

実は今日、私はひとつだけ彼に聞きたいことがあり、そのために足を運んだ。

 

『あの彼女は元気にしてる?』

 

彼は一瞬、『…あの彼女?どの彼女?笑』と、とぼけてみせたけど、本当は私が聞くあの彼女はその人でしかないことをすぐにわかった筈だった。

 

『…結婚して、1歳になる子供がいます。』

 

少しの沈黙。私は彼を黙って見続けた。

 

『なんて顔してるんですか?!笑』


私には、その時の自分がどんな表情をしていたのかは分からないけど、彼が見た私の顔は、きっと彼の心をそのまま映し出していたことだろう。

 

『余計なこと聞いちゃったね。』と余計なんて思ってもないくせに思わず口にしてしまったら、『余計なことって…笑』と返されたから、『余計なことなんて言葉が余計だったね。笑』と、そんな言葉あそびをして私たちは哀しく笑った。

 

それから、最近私が踊ってる話をして、こないだは危うく荒川の土手で犯されそうになったんだよ!なんて大袈裟に話したら『それヤバイやつじゃないですか!笑』と、ちゃんと笑ってくれたのでちょっとだけほっとした。

 

『柊さん(あだ名)、鴨川とか好きだと思う。鴨川は、音楽やってる人とか、見たこともない変な笛吹いてる人とか、踊ってる人もいますよ。』

なんて言われたので、『じゃあ、今度京都行ったら鴨川で踊るわ。浴衣着て踊り始めて、踊り終わった時には裸になってたら面白いかも!』

…ってことは、彼には言わなかったけど、頭のなかで想像したら、結構シュールで新たな境地が拓かれそうな予感がした。

 

画廊に人が出入りし始めたタイミングで、お暇することに。

 

最後に、女流画家の人の絵のなかで一番印象に残った絵のタイトルを彼へと伝えた。

 

ことづて

 

結ばれている愛はカタチになっていなくとも、今この瞬間もあの空間に静かに優しく流れていた。

 

誰かの人生の登場人物も悪くないな、そんなことを思った冬至前の陰深まる昼下がりのこと。

 

 



言葉にならない想いを