シュリ日和

まいにちに生きる

昼下がり

 


"人生とは一通のラブレターのようなもの''

 

あなたの人生感とは?と問われたら、私はきっとこう答えるだろう。

ラブレターのように最愛の人へと想いを綴る行為は、自分を愛し慈しむことを日常のなかで学び、見出して紡いでゆく人生と同じだ。

瞬間に込めることと、長い時間のなかに込めてゆくこと。どんなに醜い気持ちがそこに含まれていようと、そのすべては美しい。

 

前に、葬送のフリーレンというTVアニメのエンディングの『Anytime Anywhere』という曲を、友人から「この曲はシュリちゃんの好きな人への想いのようだなって、、」そんな言葉と共に聴かせてもらった。

とてもいい曲で、私はその曲をすごく好きだと思った。好きな人へのラブレターのようだし、自分自身へのラブレターのようにもとれる。しばらく忘れてたんだけど、さっき思い出してその曲を聴きながら一緒に歌ってみたら、涙が出てきた。ハートから愛が溢れてくる。この涙はほんとうだ。

私はこの涙をずっと信じてきた。

 

先日天国へ還った、ある人(前回の記事参照)の息子さんからのメッセージを読んだ。それはまちがいなくその人本人の言葉だと感じられた。

『みんな!人は元々明るいんだよ!明るいの!暗いのはその時だけたまたま。魂の芯はみんな明るい。俺は自分の陽キャ、明るさが大好きですよ。俺は俺が好きです。

みんなも自分のほんとの部分を思い出して欲しいです。地上でいう陽キャとか陰キャじゃなくて、魂として明るいからそれを思い出して欲しいです!』

もうこの言葉が、…いや、ほんとそれな。でしかなかった。死んで間もない人から元気をもらってる。カオスと言えばカオスだけど、私はこの事実をすんなり受け入れることができている。寧ろ安心感さえ憶えるような感じがする。

ありがとう、天国の北斗くん。ありがとう、北斗くんのお母ちゃん。子に先立たれるという筆舌に尽くし難い思いの今、メッセージを発信してくれて。

魂はみんな明るい。じゃあなんで暗いフリしてんだろ?しなきゃいけないような空気があるんだろ?時々ほんとに分からなくなる。自分がおかしいのかって、孤独になる。

私も元来陽キャだった。

なのに、保育園の頃(4~5歳)から、いやきっともっと前から、それを否定されるような、自分そのものを受け入れてはもらえないような環境に身をおかされていたがゆえに、空気を読んでおとなしい振りをした。小学校に入ってからも陽キャを出したい自分と、隠さなきゃと思う自分とのせめぎあいでトンチンカンな行動をしたし、ギャングエイジなんて言われてる小学校中学年の頃だけは、学校の中では自分全開でやりたいようにやった。その頃は何故か、親も先生も周りの人も完全無視で、自分街道を突っ走った。結果、最高に毎日が楽しかった。けどその反動で小学校高学年は地獄だったけど、、。

その後の人生を辿っても、大半は空気を読んで過ごした時間が長く、心から楽しかった!と思える年月は数年しかない。楽しかった時は、あまり周りからの影響を受けてなかったように思う。自分が自分のやりたいように、好き勝手にやってた時は楽しかった。たった数年のことだけど、それができてた時はどうしてできたのかはわからない。わからないけどできてた時がある。それが救いであり、希望だ。

環境は与える影響が大きいと思うけど、それだけじゃない。よく思い返してみると、約10年周期でタイミングが来てる。10歳、19歳、29歳、38歳(からは断続的に続いてる、、)この辺りが楽しかった。色々ありながらも楽しいことが多かった。

最近はひとりでもしあわせを感じられることがとても増えたのだけど、楽しいかって聞かれたら、あまり楽しめてはいない。それは、人と関わっていないから。ここにしたためているような思いを共有できる関係の人が周りにいないから。

 

あなたに笑って欲しいのは、私が私に笑っていて欲しいからだ。だけど、どんなに楽しい時でも、自分で自分の笑ってる瞬間を見ることはできないから、一緒にいるあなたの笑顔を見たいのだ。そして、ほっとしたいんだよ。だから人はしあわせでいなきゃいけない。私のほんとうの笑顔を引き出せるのは、あなたのほんとうの笑顔だけで、あなたのほんとうの笑顔を引き出せるのは、私のほんとうの笑顔だけだから。自然体であればそれは当たり前に起こる。自然体であれば。


最近はこうしてすぐ心の声との対話?を綴ってしまう。ひとりの時間が育むものは大きい。

 

この記事の終わらせ方がわからない。

いま公園にいるのだが、突然誰かがサックスを吹き始めた。いい音だ。なんて曲だろう?サックスの音色って、外国の夜の街を想起させる。

 

優しいなぁ〜…

 

人である私もこんな優しい音を奏でることができるだろうか。

 

 

 

紅梅と青空