シュリ日和

まいにちに生きる

朱い橋




久しぶりに夕食を外で食べようと、バスで20分ほどの距離にあるインド料理屋さんへと出かけることにした。

直前になって、なんだかわけもなくソワソワして、暗い夜道を歩くのが怖いような、寂しいような、言葉にできない心細さに襲われ、やっぱりやめようかと思ったものの、決めたことをやめるのも落ち着かなくて、予定通り家を出た。バスに乗ってる間も、''なんでここにいるんだろう?''なんて気持ちになったりして、心と身体が完全に離れ離れな状態を味わっていたからか、目的地までがあっという間に感じられた。とにかく降りる。Googleマップに滅法弱い私は、案の定、バス停付近をひと通りウロウロする羽目に。そんな時ふと路地に目をやると、小さな川に綺麗な朱い橋がかかっている。方角が合ってるのかどうか分からないままに、朱い橋の誘惑に惹き付けられ、橋の方へ。橋を渡る。前方の小さな石の階段を降り、通りに出ると、目の前に神社がバーンとあらわれた。なんとなくその神社の名前に見覚えがあり、以前に''来てみたい''と思ったことがあった気がして躊躇なく鳥居をくぐる。祭神は''市杵島姫命'' 厳島神社と関係がある神社らしい。鳥居のすぐ横にはとても可愛らしい早咲きの桜が咲いていて、朧三日月の浮かぶ早春の夜空をバックに写真を撮る。この辺りからさっきまでの心細さが嘘のように吹き飛び、妙に元気が湧いてきた。市杵島姫命さまのパワーを感じたからだろうか?ありがとうございます。心のなかで何度も呟く。


元気な気持ちになったところで、目的のインド料理屋さんへやっと辿り着く。カタカナの店名をペンキで手書きしてるところが好きだった。ペンキと手書きはあまりどうでもよく、字の雰囲気がとても簡素で、狙ったわけじゃなく、なんとなくそうしてみた感が伝わってきたことが良かった。

引き戸の扉を開ける。中から『いらしゃいませ!』という、明るく気持ちのいい声が迎えてくれた。インド人が3人。以上。マスクはしてるけど、めちゃくちゃ談笑している。だけど、オーダーが入るとちゃんと小気味よく調理を始める。頼んだ料理は全部美味しかった。満足度は高い。料理が美味しいことはもちろん重要だが、リラックスして食事が楽しめたことが大きいと思う。このリラックス感を与えてくれるお店を見つけることはなかなか難しい。

チェーン店の場合、店員さんとの距離が遠い分、ただお腹を満たすためだけに頼んだ料理が届いたら、すぐにそれを食べて急いで店を出ないと!という気がして妙に落ち着かないし、個人店の場合は、店員さんとの距離が微妙に近くて、気を使いながら食事をして、帰るタイミングもなんとなく考えてしまうところがあるし、その点、インド人3人組の店は、店内の装飾をじっくり観察する心の余裕まであった。(ガネーシャシヴァ神タペストリーがそれぞれ壁に掛けられていたが、どちらもとても素敵だった。)それは、私の方に、いい意味で彼らに対し、店員さんという意識が薄かったことにある気がする。意識しないでいられる安心感。意識させないでくれる空気感は、彼ら自身に、店員さんという意識が希薄な点にあったのかも知れない。僕たちは美味しい料理作って出しますよ〜ってくらい軽い感じ。あと、笑いながら、話しながら、仕事してたのもやっぱり和んだ理由のひとつだ。お客さんに向けて笑顔で接客!なんて建前じゃなくて、普通に楽しく会話してたから。


私は接客業が長い。過去に働いた店は、日本人の生真面目な性格に合うマニュアルがある店が多かった。ルールを作るということは、新人もベテランも常に一定のサービスを提供できるという点では、必要とも言える部分もあるのかもしれないが、正直私はずっと、そんなもんがあることで生まれる弊害の方が余程多いだろ、と思いながら働いてきた。ルールを破りたい衝動をいつも抱えていたことで、自分の中で、守るのか?!守らないのか?!の駆け引きが頭のなかで起きることで、いつもワンテンポ遅いパフォーマンスになってしまうことも多く、怒られる度に、『うっせー!好きにさせやがれ!バッキャロー!!』と、無声機を通して心の雄叫びを上げていた。ルールを作る側は、人を育てる手間を省いているのだと思う。失敗されると面倒だから、ルールを守らせることで、楽をしているのだろう。うぅ、腹立つわー。新しいこと始めた人の失敗する権利を奪うなよ。もっと信じて気長に見守ってよ。そうしたら、その気持ちを感じて、早く成長しようって頑張れるんだから。マニュアル通りにやるだけなら、私じゃなくても誰でもいいじゃないか。自分の色を出すのはオマケで、マニュアルを守ること優先なんて、いつからそんなつまんない世の中になったの?オペレーション、オペレーションて、生産性向上のため、売り上げ伸ばすためって、それって全然人ありきじゃないよね。助け合って、信頼し合えるようになって、チームワークが生まれて、初めて活き活きしたパフォーマンスができるんじゃないの?初めて人を感動させられるんじゃないの?接客の醍醐味って、そこにあるんじゃないの?!

それって矛盾してる?ああ、そうだよ。もちろん矛盾してるよ。いつでも人が感動したいと思ってるわけじゃないし、淡々としてくれてる方がいいこともあるのもわかってる。わかってるけど、感じ取るんだよ。それが惰性なのかどうかを、作り笑いには心は動かないんだよ。

仕事でもさ、リラックスしててよ、伝わっちゃうから。安心させてよ、それがあなたの仕事ならさ。リラックスできない仕事なんてとっくに死に体だって気づきなよ。じゃなきゃ、あなたが可哀想だよ。


って、誰に言ってんだろ(笑)

嗚呼、やっぱり私って暑苦しい。楯突くために生まれてきたのかも。いつまでたっても戦士気質が無くならない。


でもね、今の私はそんな自分も全部ぜーんぶ、大好きだよって言ってあげれるようになったんだ。間違ってても、何度失敗しようとも、自分を見失ったらおしまいだから。恥ずかしい自分を許して許して許していきたい。いーっぱい甘やかして、心から安心できたら自然ないい笑顔が出てくるはずだから。そうしたら、誰かにも安心をあげられるはずだから。そういうものを大事にしていたいから。


だから、このままで大丈夫だよ。


最近の私は、よくこんなことを自分に言ってあげている。。







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桜の季節へ