シュリ日和

まいにちに生きる

いい夫婦

 

 

 

先週、約半年以上ぶりに働きに出た。

動きたいと思ったから。本当にやりたいことか否かそんなこと関係なく、一期一会のような仕事をしよう、そんなことを今は思っている。あくまでも今は。

この半年は、どん底まで自分を突き落とした果てに、命ある間は人を頼らずには生きていけないということを、自分に言い聞かせる、叩き込む、諦めさせる、そんな時間だった。

何もしていないのに、心は常に晴れやかで満たされていたことに対して、本当にこのままいけるのか、借金などせずにお金のことは絶対何とかなる!と信じ抜けるか、毎日が自分との闘いでもあった。100円玉をあんなに長く見ない日々は、恐らく人生で初だったと思う。まさかこの歳でこんな経験するなんて『あたしも相当なチャレンジャーだなぁ〜…』なんて思ったりもするけど、経済状況的に安定していた10年前に戻りたいとは微塵も思わない。不安定は自由を連れてきてくれたのだ。大空に向かって『最高〜!』なんて叫ぶことができるのは、自分が選んできたすべての結果の今でこそだから。

 

私は自分のことを、いつも動き回っているのが好きで、人と会って話すことも好きだと思って長く生きてきたが、そうでもなかった気がしている。今はひたすら一人でぼーっとしていても、満たされている。

 

毎日朝がきて、昼になって、夕方になり、夜を迎え、就寝するその流れのなかにそっと身をおいているだけで、最高にしあわせを感じられる。

 

自分はすでに全部だったことがわかったのかも知れない。

 

ラジオ配信はまだ続いていて、昨日はエビチリとイチゴのショートケーキを作った話をした。前日は、買った生姜のパッケージに書いてあった生姜で勝我!というダジャレを引用して、我に勝つとは?などという、仏教や禅の教えや哲学的な話をしたら、ほとんど聞いてもらえなかった。女が話すテーマとして需要がないのかも。フォロワーも横這い状態。私は一体何を目指しているのだろう?

さっき、11月22日のいい夫婦の日にいい夫婦について考えてみた、という内容で配信をした。私なりのいい夫婦像。いい夫婦になったことがないので、理想しか話せなかったけど、理想のなかに真実があると考えているので、自分の言葉で話せたこと自体に意味がある。話せて良かった。

 

なんだかとても心が静かだ。気づくと深い呼吸をしている。意識的になろうとしなくても、自然に意識できているような感じ。あまりにも、幸せを感じるハードルが下がったからか、どんな瞬間も、愛されていることを感じている。

 

 

 

 

夫婦紅白