シュリ日和

まいにちに生きる

簡単に諦めるな


今日は甥っ子と姪っ子の就職お祝い会を実家でやる予定だ。

気がつけば、みんなそんなお年頃。

情けないことに、お祝いがあげられない財政状況にあり、正直、出席するかも直前まで悩んでいた。お祝いはしたい。それはもう全力でしたい。だけど、今の私にはあげれるものが何もないから、お祝いする資格すらないのではないかと、ひとり延々と悩んでいた。彼らに『お祝い(お金)あげれなくてごめんね。』と伝えている場面のシュミレーションを頭の中で描いていたら、涙が出てきた。何の涙か分からない。悲しいのか悔しいのかもわからない。想いはお金より価値がないのだろうか?

…いや、そんなことあるわけない。心から人を想う気持ちが、お金より価値がないなんて思いたくない。だとしたら、自分が本気でそう思うなら、それを行動で示さなくては意味が無い。

今の私にできることを考えた結果、ケーキを作ることにした。新しい門出を祝うお祝いの特製ケーキを。お金は私の代わりにくれる人がいたとしても、このケーキは私にしか作れない、代わりが効かないものだから。

代わりが効かないものの価値を、もしかしたら私(たち)は軽視してきてしまったのではないか?

そんな気持ちが湧き上がってきた。

誰が考えたかもわからない、いつの間にか当たり前になってしまった一般的な価値基準に無理矢理自分を当てはめて、己の価値を推し量り、本当はずっとここにあった大切なものを見失ってきたことへの気づき。

自分という存在そのものの価値。これまで生きてきたなかで身につけた得意なことはきっと大なり小なり誰にでもあって、本人も気づかないくらいあまりにも自然とある。誰かに褒めてもらう機会がたまたまなく、自分で自分のこともよくわからず、見逃してきただけでのことでそれは確かにある。あるんだよ。

そう自分に言い聞かせた。

人生初の二段ケーキ。みんなの喜ぶ顔が見たい。みんなの心に思い出を残したい。それが私の本心だ。正直、甥っ子と姪っ子がお祝いのケーキをどう思うかはわからない。それをどう思うのも彼らの自由だし、ガッカリされてもしょうがないとも思う。でも、私が彼らの門出を祝いたい!という心からの純粋な想いだけは、ケーキをつくることで昇華される(報われる)ことは決まっている。誰かを想ってする行動は、自分を救う。勝手に意味をもつ。だから、臆せずやるべきだ。頭のなかに鳴り響く批判の声など蹴散らして、真っ直ぐ能動的にやるべきなんだ。

 

最近、5歳の子どもと2人で3時間遊ぶという機会を得た。その子(Aちゃん)は対面し挨拶をした時、ビーズクッションにふんぞり返って、私と目も合わせなかった。その態度から、明らかに私という得体の知れない人物に簡単には心は開かねーぞ!という意思が感じられて、仲良くなれる確信をした。案の定、お母さんが出かけて行ってから程なくして、Aちゃんは、私に心を開き始めた。まずは第一関門のテレビを消すことに成功する。そこから先は、完全に同じ目線で友達として遊べた。

Aちゃんの持ち味は、粘り強く諦めないところ。ブロック遊びで、お城だとかボールだとか作ったあとに、まだ作りたいものがあり、だけど、そこに必要なブロックはすでに全部使い切ってしまっている。という場面で、私だったら諦めるか、先に作ったものを壊すかするだろうなぁ〜というところ、Aちゃんは、四角以外のブロックで四角を作ろうと試行錯誤していた。明らかに無理だとわかってからもなかなか諦めようとせず、ずっと挑戦しつづけた。

私はそんなAちゃんの姿から、自分の粘り弱さを痛感させられた。昨日のYouTubeの配信の伏線が回収できそうな流れだ。

すぐ諦めては周り道をしてきた自分と、スラムダンクの三井が重なる。一度の失敗を引きづり、過去にいつまでもこだわった三井が、希望の光を示してくれた安西先生を前にした途端、それまで押し殺してきた感情が隠しきれなくなって泣き崩れたあのシーン。素直になれずにみんなを傷つけながら自分を一番傷つけ痛めつけてきた三井の「バスケがしたいです」あのシンプルな一言の凄み。

バスケがしたいのだ。何がどうしたって、たったひとつやりたいことがあるのなら、それに向かってやるしかないじゃないか。自分への完全降伏。私は私のために、やりたいことをやるしかない。あの日見た夢は終わらない。どんなに遠回りしようが、ここにその気持ちがある限り、そこへ向かうしかない。それしかない。

 

Aちゃんとは、ブロック遊びが終わり、お昼のお弁当を食べる頃には完全に打ち解けていたため、一口食べるごとに笑って食事にならないAちゃんに「Aちゃんが食べてる間、シュリさんは石になります。」とかなんとか言って目を閉じて無表情で固まっていたら、大笑いしだして、さらに食事にならなくなった。それを見て、結局私も笑ってしまい『笑っちゃってんじゃん!』とナイスなツッコミを頂いた。

楽しかったあの時間。彼女ともう二度と会うことはないかもしれないけれど、どうか健やかに今のまま、そのままスクスクと育って欲しいと心から祈るばかりだ。私もまた、Aちゃんから教わった大事なことをこれから先の人生に活かしていきたい。


簡単に諦めないこと。

好きなことなら一生かけて続けること。

ほんとの自分で生きること。

夢を叶えること。

 



晴天吉日